
2010 11/1 演奏会
皆様、お元気でお過ごしのことと存じます。
夏が去り、空きがやって来まして、
食の秋、文化の秋、などという季節がやって参りました。
されど、私にとってはいつも芸術があり、本があり、
自分がしたい事をしている日々でございますので、
あまり季節が関係はしておりませんが、さすがに食だけは違いますね。
お料理が楽しくなる季節でございます。
最近の私は演奏会に追われて、
先日ふと我に戻りまた研鑽の日々でございます。
11月には私がメインの演奏会は3つ控えておりますが、
どれも素晴らしいプログラムです、
とても楽しみな反面、自分を磨き上げる為に切磋琢磨での毎日で、
試練とも思うことがございます。
それも大切なのだと思います。
そんな中今年は私にとって大きな節目の年になるという出来事が
いくつかございましたのでここにそれを書かせて頂きたく思います。
私は幸運なことに今まで楽器は「寄与」と申しまして、
貸して頂く事で名器を演奏する機会がございました。
しかし、先日その名器を自分の手の内に入れることができました。
その為にご尽力下さった方々、
それから手を差し伸べて下さった方に心から感謝申し上げます。
自分だけでは手にする事が不可能な楽器でした。
それでも楽器のオーナーは私にこう仰ってくれました
「私はもう少しでこの世を去る時が来ます、
その時に僕の意思、歴史、
それからこのヴィオラの歴史、音を語り継いでいって欲しい」と。
私にそのような大役が務まるのだろうかと思いましたが、
そんな時に押して下さった方はこうおっしゃいました
「これも一つの機会、節目。そういう事であれば私も手伝います。
そのヴィオラに私の想いものせて下さい」と。
多くの人の想いと歴史をのせて演奏する事は
本当に素晴らしい事だと思いました。
その数日後私はそのヴィオラで演奏しました。
その時手を差し伸べて下さった方が会場にいらっしゃいました。
そして見守ってくれていました。
その中でいつもと同じヴィオラではありますが、
いつもと重みも、込める想いも違う自分に気がつきました。
そのときにとても愛おしく思いました。
私はこのヴィオラと一生共にしてゆくのだと決心を新たに致しました。
皆様にもっとこのヴィオラの音を聞いて頂きたい。
私は来年ヴィオラリサイタルを計画中でございます。
是非とも皆様足をお運びいただき、
その時にこのヴィオラに会って上げて下さい。
私も皆様にこの楽器の魅力をお聞かせ出来る様に精進してゆきたいと思います。
演奏会のお誘い
12月27日月曜日にモーツァルトに魅せられてと題して
ピアノ協奏曲23番、それからレクイエムを演奏致します。
場所はハクジュホール。私の仲間達が募って出来上がった演奏会です。
きっと素晴らしい時間になるかと存じます。
チケットのお申し込みは既に行っております。
席に限り(300席)がございますので、
チケットご要望の方はお早めにお知らせ下さいませ。
ピアニストには新進気鋭の石井楓子さん、
レクイエムソリストには神戸で活躍されている田中郷子(ソプラノ)さん、
新国立オペラで研修中新進気鋭の山田太智(バス)さん、
上野学園講師など、数多くの舞台で活躍中の兎束康雄(テノール)さん、
それから昨年出会い、ブラームスを共演し、素晴らしい美声の持ち主、
我らが鈴木賀子(アルト)先生をお招きし、
指揮は私阿部真也、管弦楽は阿部真也と仲間達室内合奏団です。
是非お越し下さいませ。

2010 10/5 幸せ
皆様、お元気でいらっしゃいますか?
私は元気に毎日を過ごしております。
暑い夏が去り、秋を迎え、
ここ日本では美味しい花が満開になりつつあります。
この時期の日本は食、色彩が見事に様変わりをする時でございます。
それに花を添えるが如く、芸術、文化の秋と申しますれば、
多くの展示会、演奏会が模様されて参ります。
私も12月に向けてほぼ毎週演奏会が行われます。
精進して参りたいと思います。
そんな中、私はとても大切な事に気がつく事がございました。
それは「初心」でございます。
何度もこのホームページでも取り上げておりますが、
あえてここで書かせて頂きたく思います。
人とは慣れる生き物で、
そうすると感謝の念や感動の気持ち、感じる事が鈍くなる、
そうなってくるものだと思うのです。
「あって当たり前」
「演奏出来て当たり前」
そうでは無いという事を思い知らされたのが一本の映画でございました。
それからそれに裏付けるが如く、
一人の私の大切な方でありました。
私が久しぶりに見た映画「ジョージとタカオ」というタイトルでした。
ある事件を皮切りに二人、
それからその二人を支え続ける人々のドラマであります。
映画と言えば豪華な配役、音楽、撮影器具などと思い描くでしょうが、
これはドキュメンタリー映画でございました。
カメラはあって数台、撮っている人はメインには一人だけ。
ジョージとタカオを撮っていくのです。
その映画の中でこういう言葉が発せられました
「毎日風呂に入ると幸せだなーって思うんだよね」
その言葉には心がありました。
ジョージとタカオは獄中で29年間の生活を余儀無くされます。
しかし彼らは犯人でもいないのに獄中にいさせられるのです。
そんな惨い人生の中でも
彼らは幸せをこうして見つける事が出来ているのです。
14年前仮釈放され今彼らは無罪になる為に、戦い続けています。
そんな中での言葉でした。
如何に小さな事を幸せだと思える心を持つという事です。
私は最近演奏に追われながらもこなしていき、
その都度幸せには感じていました。
しかしながら、それでも慣れというのが出て参りました。
それを感じたのは私が人に漏らしていた不満からです。
私の事を応援して下さっているある方が言いました
「阿部さん、もっと謙虚にね!」と。
不満を言っている私の表情は
謙虚という文字からはほど遠いものだったのだと思います。
「もっと」を人に、
それから物に求めては行けない。
自分の努力や、音楽に求める精神的欲求は必要ですが、
人にはいつも「感謝」の念を持たなければ、
と思いました。
生きている以上、私は幸せなのですから。

2010 8/19 言葉
皆様ご無沙汰致しております。
私はこの2ヶ月間、
ヨーロッパにおいて様々な経験、
演奏会、人々にまた出会い、触れて感動し、
少しは成長が出来たかなと思っております。
ウクライナ、ポーランドでの演奏会、
フランクフルトでの友人との演奏、
日本への急遽でありましたが素晴らしい演奏会に出演させて頂けたこと、
親友・奥田氏と過ごした久しぶりの夏、
それから春の海、最後は素敵なザクセン州の古いお城での演奏、
それからプレゼントでした。
今回は残念ながら
10日から行くはずだったパレスチナは行けなくなりました。
学校側からのオファーが駄目になったこと、
治安的に危なかったことが理由です。
生徒達からは
「また・・・真也が来られなかった」
と沢山のメールをもらいました。
本当に残念ではありましたが、仕方がなかったのだと思います。
今度はいつになることやら。
ここでは最後に演奏をしたことを書いておきたいと思います。
私はドレスデンに住み着きはや4年になりますが、
まだまだドイツ語は無に等しいのです。
そんな中ドイツ人だけの会に参加するのは容易ではありません。
ザクセン州の古いお城を改築し、
そこにたくさんの人々が
集い合唱をしながらパーティーという何とも優雅な演奏会でした。
私は知り合いの方と一緒にデュエットを演奏しました。
デュエットも楽しく演奏が出来て、
その後私は言葉の壁を更に感じながら
この会にいるのは辛いと思っていたので、
先においとまをしようかと考えていました。
夕食の準備ができるまで大きなお庭が公園になっているから
そこを散歩しましょうということになりました。
私はちょっとうつむきながら歩き出しました、
ある地点に行くと可愛らしい少女4人がアカペラで歌を歌っていました。
何とも雰囲気にあっていて、
空高く響き合うその声は素晴らしいものでした。
天使の歌声でした。
そのとき「夕やーけこやけえの、赤とんぼ・・・」と
耳になじみのある言葉とメロディーが聞こえました。
私はあっけにとられました。
この人々の中でこの曲を理解出来るのは僕だけ、
でも周りの方々は心からそのメロディーと言語に耳を傾けていました。
最後歌い終わったら
少女達は私の方向を見て笑顔をくれました。
私は「ブラボ!」と言葉を贈りました。
涙が出ました。
その時です、私は心を貰いました。
まぎれもないきれいな音楽の心を貰いました。
今も今夜のことを思い出すと涙が出て来ます。
その散歩の後72歳のおばあちゃんが即興をしました。
可愛くて素敵で、かっこいいおばあちゃんでした。
彼女の言っていることは殆ど分からなかったのですが、
演奏が終わると僕にこういいました。
「言葉なんか必要ない、心があれば必要ない、
こうして一緒に音楽が出来るのだから。
あなたは心を持っているのだから!」
と優しく微笑んでくれました。
私はだからこそ言葉をきちんと勉強しようと思います。
世界に通じる音楽家として、
心をもっときちんと伝えられるように、
私は言葉という音を知りたいと誓いました。
今度彼女達にこういいたいのです。
「あなたのおかげで私は今日幸せになりました。
心をありがとう」と。

2010 7/29 共鳴
私は最近慌ただしい日々を送っています。
それはすべて音楽と共におりますが、
そんな中でも久しぶりに2日間ベルリンの郊外で休暇を取りました。
バウグースという所でベルリン市外から約1時間ほど行った所です。
そこで練習をして、
大きな大きなお庭の中にある大きな木の下にソファーを置き、
座りスコアーを読む。
まるで樹が守ってくれている様な、
何年ここに経っているのだろう、
腕をまわしても到底届かないほどの大きな樹。
その樹から一枚一枚葉が落ちてくるその様はまさしく音楽のようでした。
二日目は練習をひとしきりした後、久しぶりに泳ぎに行きました。
そこは1700年代からある湖で、
ミネラルウォーターとして人々に大切にされている湖の一つです。
1800年代まで世界で一番深い湖としてたくさんの科学者、研究者たちが訪れて
地球の温度などを調べていたらしいのです。
今でも人々に愛され、魚が泳ぎ、美しく輝き続けているのです。
恥ずかしいことに久しぶりに泳いだので、
泳ぎ方を少々忘れていた自分に気がつきました・・・
犬かき専門!本当に深い湖なので足がつかない・・・
と焦り、溺れる所でしたが必死に犬かきをし、
なんとか岸までたどり着きました。
そして一緒にいた友人に平泳ぎを教えてもらい、
楽になりましたが、心臓はばくばくいっているし、久しぶりに疲労困憊・・・
もう少しきちんと鍛えなければ・・・と痛感しました。
泳いでいる時に私は初めて地球の心臓の音を聞いたように思いました。
自分の心臓とは違う何か打つ音。
それが地球の音と私の心臓の音とが共鳴しているのが確かに聴こえたのです。
その時、私はとても心地よく、幸せになりました。
モーツァルトの音楽が頭の中をかけ巡り、
ベートーベンのあるモティーフが厳かに鳴り響き、
ブラームスの旋律が歌いだしました。
感動していました。
地球から音楽が生まれたのだな、と思いました。
そして自分も地球に生まれ音楽をしているのだと、
思った瞬間でした。

2010 7/7 ウクライナ ポーランド
皆様お元気でございますか?
私はドイツに落ち着き今ようやく日記を書くことが出来ています。
こちらドイツに来てから慌ただしくウクライナ、ポーランド、
そしてケルンと歩き回っております。
来週にはフランクフルト、ロンドン、そして急遽演奏会が入るなど、
練習、移動に追われております。
そんな中、多くの人々に出会い、素晴らしい経験を得ることが出来ました。
ウクライナ、ポーランドでは本当に素晴らしい経験をしてきました。
演奏会等が無ければけして行く事の出来ないであろう土地、ウクライナ。
この機会多くのことを知りました。
国の歴史、人々の歴史、音楽のあり方など、
素晴らしい歴史から惨い歴史まで知ることが出来ました。
それからポーランドでも多くを知り、感じてきました。
ポーランドではもちろんショパンの生家、博物館、
それからアウシュビッツ、地下礼拝堂など
歴史的建造物、人物に会うことが出来ました。
これからの歴史はすべては人が作り、見つけ出した物であります。
その中にはアウシュビッツのように惨い歴史もあります。
しかしながらアウシュビッツには「空虚」しか存在しませんでした。
あれだけの惨い虐殺があったのにも関わらず、
そこは空っぽ・・・そんな印象を受けました。
真っ青な青空、美しい樹々の葉、
それから閑散とただただ広がるアウシュビッツ収容所。
何ともミスマッチであり、それで居てきっと変わることのない空色と緑、
これだけは当時のままだと思うとなぜか涙が出てきました。
人はあまりに愚かです。
しかしながら人であるから故に今ある歴史を作り出しているのです。
素晴らしい文化、習慣、芸術、それから惨い歴史も。
すべては人であるが故。
そこで私は思いました。
精一杯生きる
ということです。
今に感謝し、過去に感謝し、未来に憧れを持ち、
そう生きて行きたいと感じました

2010 5/18 先生からのメール
私がこの世に存在して30年という時が過ぎていこうとしています。
この節目の年に、
私はこれからの道においてとても大切なことを認識すべく、
ひとつの大切な演奏会を終えました。
それは5月11日に代々木上原にあるムジカーサでの演奏会でした。
ちょうど10年前、
私はヴァイオリニストに成るべくアメリカで修行中でした。
今も修行中ですが、
そのときは今よりも過酷な時を過ごしていました。
そんな時に支えてくれたのが、
私が5月11日に演奏を共にした恩師達でした。
私の室内楽演奏会シリーズが始まり10回目、
そして演奏家を目指して10年目というこの記念すべき時に
恩師と舞台に立てたことは本当に嬉しいことでした。
演奏会を終えて、先生から一通のメールが届きました。
Shinya, I am proud of you and your commitment to music.
It makes me happy to see how far you have come!
I'm glad we can hear and understand music the same way.
It can be hard to find people with the same ear and feelings.
Thank you,Shinya and we will play music more and more together!
Sarn Oliver
「シンヤ、私はシンヤをほこりに思うし、
音楽に対する責任感を持っていることに誇りも感じます。
その様な姿を見て私はとても幸せになり、
ここまで成長したことにも嬉しく思います。
私達が同じ様に音楽を聴き、
同じ様に音楽を理解していることに嬉しく思いました。
同じ感性を持ち合わせる人々に出会うことは
とても困難なことが多いからです。
有り難う、シンヤ。
これから更に多くの音楽を共に演奏してゆこう。
サーン・オリバー」
というとても嬉しいメールを貰い、
私は再認識することがまた多く現れてきました。
これからはさらに一段上を目指し、
多くのことに挑戦し、
曇りない瞳で物事を見定めてまいりたいと思います。
これからも宜しくお願いいたします。

2010 4/9 初心
皆様お元気でございますか?
私は演奏会が続いておりました。
NHK心コンサート、
八王子消化器科病院ロビーコンサート、
千葉での室内楽演奏会、
サントリーホールでの演奏会、
そして来週はアメリカに渡り室内楽演奏会、
オーケストラ演奏会などが待ち構えています。
今回はそれぞれの演奏会のお話をさせていただきたいと思います。
NHK心コンサートでは何が本質か、
と言うことを考えさせられました。
オーケストラは小林研一郎先生率いる
「仲間オーケストラ」でございました。
仲間オーケストラを母体に
障害を持っている方々31名ほどが加わり素晴らしい演奏会となりました。
私は参加者の一人として音楽の偉大さ、
素晴らしさを再認識した瞬間でもございました。
多くの演奏会がある中、
このような改革とも言える演奏会に参加できたことを嬉しく思うのと同時に、
「心から向かい合う」
「心の目、心の耳、心から感じる」
ということが如何に疎かになっているのか、
ということにも気がつきました。
音楽の何に魅せられているのか、
何の為に音楽をしているのか、
私達音楽家はそれを再認識する必要があると思いました。
音楽家としての「常識」は世界の常識ではないのです。
世界での常識は「心、愛がある行動、言動」だと思うのです。
それが結びつくからこそ、そこに更なる心が育まれ、
愛が生まれるのだと思うのです。
それを更に再認識した演奏会が
八王子消化器科病院でのロビーコンサートでございました。
今年で3度目の出演を数えました。
3年前からの患者さんに会うことは殆んど叶いません。
それはホスピス、即ち、旅立たれる患者さんが殆んどだからです。
今回聞いてくれた患者様の中に
「心を有り難うございました」
とおっしゃってくれた患者さんが居られました。
そして涙を流される方もいました。
その病院内には
「演奏者がもつ演奏の心、そして、聴いてくれる患者さん、職員の皆様の聴く心」
しかありませんでした。
来年もまた3月の最終金曜日の演奏が決まりました。
私は生きているが故に試練、運命に心から向かい合いたいと思いました。
その一つとして千葉での演奏会は今後を考えさせられる演奏会でした。
優秀な演奏家達とのステージは本当に多くを学び、
凹み、無力さを感じ、そしてそこからの発展の為の力をいただける場となりました。
私達はこれからの発展のためにしっかり音楽に向かい
合いながら、精進してまいります。
これから迎えるアメリカ公演、サントリーホールでの演奏会、
それぞれ自分にとってはとても大切な方々が携わる演奏会です。
特にアメリカ公演では
共演者が私以外はベテラン一流演奏家であることから
私は今緊張しっぱなしです。
しかしながら今朝恩師は私にいうのでした
「僕たちだって緊張するのだよ。
演奏家に一流もベテランも無い、少なくとも僕もマリコも、
ピーター(サンフランシスコ交響楽団主席チェリスト)は初心で望むよ、
シンヤと同じだよ」と。
これも心だと思いませんか?
これこそ世界の常識であります。

2010 2/23 bon courage!
今月フランスに長くいたことは
この前の日記で書かせていただきましたが、
その時に一緒にいた怜子さんが言ってくれた
とても心に残る言葉を皆さんにお伝えしたくて
今回はそのことを書かせていただこうかと思います。
ニースで過ごしていたある晩、
怜子さんといろいろな話をしておりました。
話の最中、私の「頑張るしかないですよね!」という言葉に対し
怜子さんは「フランス語にはね頑張るという言葉は存在しないのよ。
それに似ている言葉ならあるけれど。」
私は怜子さんに聞きました「なんと言う言葉があるのですか?」
怜子さん「bon courage!っていうのよ。良い勇気をという意味なの」
僕はその言葉を聴いたとき、ある言葉を思い出しました。
それは私がドイツに発つ時に
ある中国人の書家の先生が私に書いてくれた掛け軸の言葉です。
「勇猛精進(ゆうもうしょうじん)」
この言葉の意味は自分がやりたいことに突き進むこと、
それを中国では「精進」というそうです。
病や、やらなければならないことに対しては「頑張」という字を書くが、
なるべくならば使って欲しくないな、
といって頂いた事があります。
そのことを思い出しました。
「良い勇気を!」という言葉、
なんとも温かく、それでいて背中を押してくれる言葉なのでしょう。
私はその言葉を知ったとき、
何か心が温かくなり、底知れぬ力を頂いたように思いました。
怜子さんはその言葉を
ご自身がこれからフランス語を
お一人でお勉強なされるという挑戦に対して己に述べている、
そんな風にも感じられました。
これから多くの試練を乗り越えるとき、
私はこの言葉を自分自身にいっていこうと思います。
皆さんもそのように考えていっては如何でしょうか?
いわき市でお世話になりました皆様、
小林研一郎先生と仲間たちオーケストラの皆様と一緒に演奏させていただきました。
私はまだ2回目の参加になりますが、
今回も多くのことを学び、とても楽しめた時間でございました。
その為にはボランティアの方々、ホール関係者の皆様、
それから運営者の方々の支えがあったからだと思っております。
心より感謝申し上げます。
会場にお越しになった多くのお客様とあの素敵なホールで、
音楽を共有できた喜びを私は
これからの自らの精進の糧にさせていただきたいと存じます。
私達演奏家は演奏会があることが普通に感じてしまいがちでございます。
そこには多くの皆様のご尽力、発案者、発起人、
それから援助してくださる皆様があって始めて私達が演奏出来る場をいただける、
そのことを私は常に心におき、
これからも精進してまいりたいと存じます。
オーケストラに参加をしたヴィオラ奏者で撮った写真を載せさせていただきます。
皆良い顔しておられるでしょう?
中にはいわき市交響楽団の奏者の方もいらっしゃいます!
本当に有難うございました

2010 2/9 大きな夢
私は今年大きな夢をひとつかなえることが出来そうです。
私をアメリカで育ててくれたヴァイオリンの師を日本に招き、
演奏会をするということです。
阿部真也と仲間達室内楽コンサートVol.10を記念して
サンフランシスコ交響楽団の首席奏者で私の師であるサーン・オリバー氏、
彼の奥様でサンフランシスコ交響楽団コンサートマスターである
マリコ・スマイリー氏と共に演奏会を行います。
自分の先生と舞台に立つということはとても光栄な事であり、
夢でもあります。
私とこの二人の先生との出会いは、
私が18歳の頃であります。
北海道インターナショナルスクールに通っていた私に
音楽の教師であるアマト先生が
「シンヤ、君は音楽的に良い物を持っているが
ヴァイオリニストとして生きる為には技術が足りなすぎる、
今すぐにでもアメリカに行きなさい」
というのです。
私は半信半疑でしたが先生の言葉を信じて18の春に私は高校を中退し、
アメリカに行くことにしました。
そこで待っていたのがこの二人なのです。
レッスンをはじめて二人に受けたときの事は今でも鮮明に覚えています。
モーツァルトのヴァイオリン協奏曲5番を持っていった私は
とても緊張していました。
朝、サーンが迎えに来てくれました。
そして家に到着し、二人の前で自分の説明をして、夢を語りました。
サーンは気を使い、煎茶を入れてくれました。
そしていよいよ演奏するときです、
私は心臓が飛び出るほど緊張していましたが、
その時に出来る力を出し切りました。
演奏を途中で止められてから、
彼らは相談して部屋に戻り私にこう伝えました
「シンヤ、多くの問題がある、1年で音大に入れないかもしれない、
しかし全力で取り組むという約束であれば1年間とにかくやってみよう」
それからとても厳しいレッスンが始まりました。
1週間に4回のレッスンでした。
サーン、マリコそれからマリコの兄でジュリアード音楽院講師、
サンフランシスコ交響楽団主席ヴァイオリン奏者のダン・スマイリー、
ダンの奥様でジュリアード音楽院講師でヴァイオリン奏者の
スーザン・レオンの4人に徹底的に指導してもらいました。
そのとき多くの挫折と絶望に落ちたことがありました。
なかなか弾けない曲があり、
サーンは私に
「明日までにこの曲が弾けなかったら次の日に日本に帰りなさい、
チケットは私が買ってあげる。
ヴァイオリン奏者になるのは諦めなさい」
というのです。
私は絶望的になり、
涙をしながら家に帰り、両親に電話をしました。
「お母さん、お父さん、僕は明後日には日本に帰るかもしれない」
といいました。
そうしたら母親はこう返しました
「真也、あなたに出来ることは限られている、
一日で全部なんて無理、そんな実力はないの。
でも1小節でも、2小節でも自分が出来ることを精一杯やりなさい」
だめもとで私は7,8時間練習をしました。
次の日の朝サーンが迎えに来ました。
私はこれが最後だと思いながら車に乗り、涙が止まりませんでした。
先生方が4人揃っていて、
その前でモーツァルトヴァイオリン協奏曲4番1楽章を演奏しました。
私は始める前に
「最初の4小節は完璧に弾けます!でも後は・・・」
と言ったらサーンは「弾きなさい」と言い、
私は最初の4小節を弾きました、
先生方は止めずに最後まで聞いてくれました。
その後私は「終わった・・・」と思いました。
そうしましたらサーンは私を抱きしめてこういいました。
「シンヤ、今までで一番美しい4小説だったよ。それでいいんだよ。
一日一日の積み重ねでいい。一日4小節でいい。
そうすれば確実に弾けるようになる。これからもっと厳しくするよ」
その時私は泣き崩れたのを覚えています。
そして今の私がいるのです。
まさしく私を育ててくれた先生と共に演奏できることを嬉しく思います。
皆様、素晴らしいヴァイオリンの音色に、
そして心に振れてください。
ここに演奏会のご案内を申し上げます。
2010年5月11日火曜日
代々木上原:ムジカーサ
18時半(開場)
19時(開演)
チケット:3800円
演奏者
サーン・オリバー;ヴァイオリン
マリコ・スマイリー;ヴィオラ
阿部真也;ヴィオラ
石川理史:チェロ
曲目
モーツァルト:ヴァイオリンとヴィオラの為の二重奏1番
サーン・オリバー:ヴァイオリン2台とヴィオラの為の三重奏
ハイドン:弦楽四重奏曲(詳細未定)

2010 2/1 フランス
私は先週フランスに行ってまいりました。
久しぶりのフランスに心が躍り、音楽をしてまいりました。
その後は音楽からしばし離れて、パリ観光を初めてしました。
いつもは音楽だけをしに来ていましたが、
今回は日本からマダム一人を待ち、一緒にパリを散策しました。
ドレスデンからパリに来ると、
大きな都市とあって少々戸惑いましたが、
色彩あふれるパリに魅せられ、
毎朝の散歩や、カフェがなんとも楽しく、
そのせいか音楽も踊るように演奏できました。
結果は納得のいくものでした。
今私はパリからニースに向かう電車の中からこの文章を書いています。
車窓から見える景色は地球の大きさを感じさます。
果てしなく続く緑、ぽつんぽつんと、
まるで誰かの忘れ物のように、
何十年もそこに立ち尽くしている木々。
時に綺麗に枝が揃っている
スマートな樹きもありました。
私はその木々たちに思いを寄せ
るのです。たった数秒の感動。
電車は前へと進みます。
きっとあの樹の手入れをしている人は、
車窓からその樹を見てくれる人の為に
手入れをしているのだろうと思います。
そこにロマンを感じます。
かと思いきや、
山を削り、道路を作っている場面も多くみられます。
その反対に小さな木々を再度植えてある場所も何箇所もありました。
矛盾を感じました。
雪が降っています。
その雪景色を見ているとなぜか、
自分の耳には雪の降る音が鳴り出しました。
深々と降る雪の音、そして風の音。
自分がその中に一人たたずんでいるかのようです。
樹の気持ちになったり、
それを客観的に暖かな車窓から見ている自分に戻ったり、
この感覚を今度自分が音を奏でるとき、
思い出すのだろうなと思うと、
今回この様な機会がもてたことを心のそこから感謝しましたし、
これからが楽しみになりました。
旅とは、いつも出来ないことをしに行くものだと最近感じてます。
「いつも見る景色だ」
と思うのではなく
「今回は何が見つけられるだろう…」
と思うようになりたい。
そういう心の余裕を持ちたいと思います。
あ…空が晴れてきました。
光が雲の間から漏れはじめています。
さっきまで寂しげな緑が、今度は生き生きと見え始めました。
そこに生命の強さ、可能性、それから弱さを感じます。

2010 1/26 新年
新年明けましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
昨年中は多くのコンサートに恵まれ、
それから大勢のお客様にも支えられながら演奏会を行ってまいりました、
心より御礼申し上げます。
12月は毎週のようにどこかでコンサートがあり、
東京はもとより、北海道にも行き演奏会をし、
年末まで音楽三昧でございました。
日記が今になってしまい皆様には本当に申し訳なくお詫び申し上げます。
私は今ドイツに居りますが、
またこちらでも練習、勉強の毎日でおります。
それからフランスに飛び、指揮者講習会、
それからフランス人の友人との室内楽演奏会もございます。
思いっきりヨーロッパを満喫し、
そしてまた感性を磨き、
2月の日本公演、
3月からの私の活動に生かして参りたいと思っております。
本年はサンフランシスコから私の先生2人が来日いたします。
これも非常に楽しみでございます。
皆様に今年も多くの素晴らしい音楽をお届けできるように、精進してまいります。
宜しくお願いいたします。
日本帰国を振り返って・・・
前回の日本帰国では本当に多くの方々と音楽をさせていただきましたし、
多くの人との新たな出会いもありました。
それと同様に逝ってしまった親族や、友人もいました。
人とはどのようにして生きていくのか、
それから生き甲斐とは、など
色々考えさせられた今回の3ヶ月という帰国でございました。
経験だけではなく、
体のほうも今までかつてないほどふくよかになりました…
日本は美味しいものが沢山ありますから、
食べに食べました!
特にお正月。
久しぶりの日本のお正月でございましたが、
今回ほど日本で張り切ってお正月を迎えたことはありませんでした!
さて、今回自分の為にも書いておきたいことがございます。
私は今回日本を離れる前に出会ったある友人が私にこう言いました。
「真也は好きなものを仕事に出来て羨ましいけれども、
僕は今やっている仕事が好きになってきたよ。」
皆様、ごく普通の会話の中で友人が言った一言に
僕は衝撃的に感じました。
今まで多くの方々は
「真也は幸せだね、好きなことが出来て」
とそこで終わるのですが、
彼は自分のやっていることに誇りを持ち、清々しく語ってくれました。
そのとき私は
「果たして僕は音楽をどの様に思っているのだろうか」
「僕にとって音楽はどんな存在なのだろうか」
など色々考えました。
僕にとって音楽を選んだのは迷いなく進んできた道でした。
音楽家になる、という選択以外、
特に音楽大学を出た後は迷ったことなどありませんでした。
ただ私の恩師はこう言いました。
「真也、あなたは卒業した後スタート地点に立つのよ。
ここから経験を積んで音楽家に近づいてゆくのよ。
その先には芸術家になる道が待っている。ゴールはないのだから」と。
その友人が私に語った後、
久しぶりにその恩師の言葉を思い出しました。
多くの音楽大学卒業生、それから人々はある錯覚をするように思うのです。
音楽大学を卒業したらその卒業生はもうプロである、と自覚してしまうことです。
それはある可能性を閉ざしてしまうことになりかねないのでは、と思うのです。
それは自分のやっていること、すなわち音楽を好きになるということ、
精進していくということです。
もちろん音楽大学では多くの経験と技術、知識を得ます。
でもそれはほんの少しのこと。
自分のなかに基礎を作る程度であることを認識しなければなりません。
大学を卒業し、社会に出て、演奏し、感じ、肯定し、否定し、
色々な経験を積んでゆく中で自分というものを知り、
自分が突き詰めたいことを見つけ出し、
それから更にその突き詰めたいものを研究し、
演奏して行く。
そうしてゆくことで自分のなかの音楽が鮮明になり、
自ずと技術も、感性も磨かれ、いうなれば「職人」になってゆくの
だということに改めて気づきました。
その時にもっとも必要なことは「初心」であると私は思いました。
慣れることを私は徹底して止めようと思いました。
ヴァイオリンを弾けること、
ヴィオラを弾けること、
演奏会に出れること、
全てのことに初心を持ち、精進してゆきたいと思いました。
私にはこのように大切なことを教えてくれる大切な友人が出来ました。
「ありがとう」

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