阿部真也の日記です
週1回更新の予定です

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2011/12/14 両親

皆様、大変ご無沙汰致しております。

演奏会が立て込んでおりまして、筆を取れずにおりました。
全てのコンサートがとても新鮮で、多くのお客様に、
そして多くの演奏家の皆様に支えられた会でございました。

今年はまだまだ続きます。
31日の夜はオペラシティーでのかいがあります、
ご興味のある方はお知らせ下さいませ。

今は北海道の演奏旅行を終えて色々感じた事、
思い出した事をかかせて頂きたく思います。

北海道の演奏会は基本的には保育園を回り、
本物のクラシック音楽を音どけるという企画です。
最初は17歳の頃、
北海道放送局が持つジュニアオーケストラのメンバーと一緒に行ったり、
北海道在住のピアニストの方々と回ったりという形から始まりました。
それからもう15年が経とうとしています。
3、4年前からピアニストを東京から連れて行ける様になり、
昨年はチェリストを、
そして今年はヴァイオリニスト2人、
そしてチェリストをお連れ出来ました。
子ども達に弦楽四重奏の迫力と共に、
繊細さ、そして音楽を使っての会話、
コミュニケーションなどを感じてもらうべく、精一杯演奏して参りました。

また来年は同じ形での訪問になるかと思いますが、楽しみでなりません。
これは私達演奏家にとっても素晴らしい経験で、挑戦であります。
来年の為にも精進を重ねたいと思います。
そんな中今年は体調を崩し、
最後の最後で熱をだしてしまいながらの演奏でした。
友人の一人がそれを両親に離してしまい、両親がすっ飛んできました。
そして私の顔を見るなり、おでこを触られてしまいました。
その時、家を離れてからの12年間の過ぎていった年月を感じてしまいました。
子どもの頃に戻ったというか、初心を感じたというか、
何とも言えない気持ちになりました。
あの手のぬくもりは、忘れられないものですね。
アメリカに行ってからもう12年が経ちます、
その間、ドイツに、そしてパレスチナに、
そして今は多くの国々に演奏しに回り、
心配を沢山かけてしまっている事も分かっています、
それでもやっぱり、僕にとっては大切な両親で、
その両親にこうしておでこを触られて、
それで力が抜けて、精一杯演奏出来て、
本当に支えられているのだな、
と改めて実感していました。
おやのぬくもり、支え、愛、
それを感じたとても大切な演奏会でした。

来年には大きな演奏会が4月にも、
それから12月にも控えております。
まずは4月8日、渋谷のさくらホールでの20回記念演奏会でございます。
皆様のご来場を心から楽しみに致しております。

皆様が良い年越しをされます事を祈念致しております。

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2011/9/28 過去と未来

皆様、大変ご無沙汰致しております。

夏は大半を日本で過ごし、
その間、スイス、ドイツ、日本と、三ヶ国を回り、
音楽をし、新しい出会いもあり、
それから悲しい別れもあり、
人とは生きている事が当たり前で無く、
だからこそ生きる事に必死で、感謝したい、
そう思いました。

私は年間に10数回飛行機に乗ります。
そんな飛行機の中での楽しみは「映画」です。
今回もとても素敵な映画に出会いました。
その映画の中で言っていたことで、
私はひらめきと、心が動かされました。

「人々は将来にばかり翻弄されている。
 しかし僕は過去に憧れを持っている」
という一説です。
皆さんはこの言葉どのように受け止められますか?

私は自分のしている事はクラシック音楽を演奏する事ですが、
言葉を変えると「再現」とも言えるかもしれません。
しかしそこにでてくるであろう、自分の色、
すなわち個性が加わり、新しい「音」が生まれます。
私はここドレスデンに住む様になってから
「伝統」「歴史」という物に
以前よりもこだわる様になったかもしれません。
アンティークと呼ばれる美術品、家具等にも
非常に興味を、持つ様になりました。
ただ、美しさに魅せられているのではなく、
なぜその時代にはこういう物が生まれていたのだろうか、
とも思うのです。
中にはその時人々に受け入れられなかった物もあります。
しかし時を経て、人々が愛でて、
世の中で賞賛され、伝えられている物もあります。
絵画、音楽、小説等もそのうちの一つですが、
先を見据える前に、過去にもっと魅せられてみたい、
そう思うのです。
そうすればきっと、これからやってくる未来に、
もっと確かな、そして大切な事が見つけられるかもしれません。
たまたま飛行機の中で出会った、
その一説に考えさせられ、
また一つの生き方の提示をさせられました。
一瞬一瞬を過去も、未来も大切に生きたい、
そう願うのです。
今私の窓から見える景色の中に、枯れ落ちる葉があります。
春には元気に誇っていた葉も、
今正に朽ちてゆきました。
しかし、それはこれから迎える冬、
そして春への準備なのです。
枯れたという過去と、芽吹くという未来が共存している、
この素晴らしさに心打たれ、
私はまたドヴォルザークと向かい合います。

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2011/6/27 3ヶ月

日本の運命の日から3ヶ月が過ぎてしまいました。

今思い出してもただただ悲しさが胸に込み上げて参ります。
ヨーロッパから帰り、
4月にチャリティーコンサートを鎌倉比企谷妙本寺本堂で
約200名のお客様をお迎えして
盛大、かつ厳粛なチャリティーコンサートでございました。
そして私の大切な応援者の一人であります、
アトリエde Mari代表伊藤様のアトリエに於いてのチャリティーコンサート、
サントリーホールで行われた全世界の音楽チャリティーコンサート、
そして友人が埼玉県で行ったチャリティーコンサートなど、
本当に多くのチャリティーを応援、出演させて頂きました。
それから私は自分のリサイタル、
ラフォルジュルネ東京でヴィオラ独奏者としての出演、
室内楽コンサートを2回、
京王プラザホテル、さくらホールに於いて奥田氏との共演、
神戸での遠征演奏会他、様々な演奏会に出演致しました。
自分には何が出来るのか、
チャリティーコンサートをしていても何か空虚感があり、
本当に力になれているのか考えさせられました。
しかし気がついた事は、「人の力になるなんておこがましい事」という事です。
自分の出来る事を精一杯やり、
真直ぐに行動して生きて行くこと。
そして結果論その周りに居た人たちが「思って下さる」事で
やっと「人の役に立てた」「存在意義が生まれた」
ということになるのだと思ったのです。
であるならば自分は自分が出来る事「音楽」を精一杯演奏して、
提示し、自分を磨き上げて行くべきである、そう思うのです。
そしていつかその演奏を聴いた方々が自分の評価をしてくれた時、
初めて何かが生まれるのだと思うのです。
芸術とはそう言う物であると思うのです。
実際の生きる既になる様な事は義援機を集めてお送りする、
その程度しか出来ません。
しかしながら人が生きて行く中で必要な
「感受性」「美意識」「道徳」等は芸術から、
音楽から感じ、発展することができる物で、
とても人間として大切なものであると私は思います。
ですから、それを提示する人間として、
その提示する技を磨く事、提示し続ける事、
これこそ私が出来る事であります。

この夏はいつもの様にドイツにて過ごしております。
8月1日から4日まで蓼科音楽祭、
8月2週目には横浜シンフォニエッタにて共演致します。
又皆様にお目にかかれます事を楽しみに致しております。
どうぞご自愛下さいませ。

私事ではございますが
「パレスチナ音楽日記」
という本を出版させて頂きました。
ご用命の方はご連絡頂ければと存じます。
これからコンサートなどでも売らせて頂こうと思っております。
パレスチナでの日々、
生徒達の考え、他の講師の考え、
そして私の思いを書かせて頂きました。
沢山の写真ものせております。
是非生徒達の素敵な笑顔に出会って下さい。
そして「戦地にも音楽がある」事を知って下さい。

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2011/3/22 東北地方太平洋沖大地震

その日、私はフランス・パリの空港に居りました。

ある友人から「大地震、はじめてだよ、こんなでかいの。
とりあえず無事です」というメールが、
そうかと思えば日本から到着予定の方から
「電車が動いているか不明、飛行機に乗れるかが分かりません」というメール、
それから「無事ですか」などのメールを読み、
ただ事ではないと感じ始めました。
北海道の家族、鎌倉のお寺、友人達に連絡を取り、ひとまず安心をしましたが、
やはり宮城に住む友人達には連絡が取れませんでした。
そしてパソコンでニュースを見て、
空港で流れているニュースに耳を傾け、映像を見ながら
「地獄絵図」の様な映像。
「夢であって欲しい」という思いと共に、9/11を思い出しました。

やっと宮城の人たちと連絡が取れたのは5日後くらいでした。
私は本当に心から安堵し、生存していてくれた事に心から感謝しました。

毎日私は考えました「なぜこのようなことが起きたのか」と。

地球学的に語るつもりはありませんし、
私は全然分かりませんが、神と仏が我々人間に伝える事、
分からせたい事があったのかと思うのです。
しかしながら東北で被災された方々、
それから亡くなった方々の中にも多くの方々がまじめに、
そして誠心誠意人生を生きて来た方が沢山あったと思います。
その方々の事を考えると胸が痛み、神や仏さえ恨む気持ちも出て参ります。
今自分の大切な人が助かり、一生懸命生きている事を知って、
心に余裕が出たのかもしれませんが、
やはりこの大惨事から学ばなければならない、
そう思いました。
それは「謙虚に、感謝とともに精一杯生きること」です。
私は少なくとも、自分の今ある生活に何も疑問を感じず、
不便だと苛つきを感じ、もっともっと、と思ってしまいます。
この日記を書いているこの瞬間も私はドイツで暖かい部屋で、
食べ物にも困らず、良く寝られる生活がありますが、
日本では不自由になっている多くの方々がいらっしゃるこの違いに、
時に歯痒さを感じ、無力である自分を責める時さえあります。

来週日本に帰国した際はチャリティー演奏会や、
今自分に出来うる事を精一杯やろうと思います。
4月3日鎌倉の妙本寺に於いてチャリティーコンサートを行ないます。
詳細はスケジュールをご参照下さいませ。
大勢の方々にお越し頂き、ご協力をお願い致します。

今回被災された東北地方の方々、
千葉県、関東の方に心よりお見舞い申し上げます。

それから、多くの亡くなられた方々に心よりご冥福をお祈り致しますと共に、
我々が皆様のお心を無駄にしません様、精一杯生きて参りたいと思います。
そして東北地方の復興に微力ながら協力させて頂きたく思います。

合掌

 

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2011/3/14 芸術の命は永遠で、人の命は短し

最近良く思う事です。
12月のモーツァルトの時に
ある方に助言いただいた言葉ですが、
私はそれをつい最近痛感する出来事がありました。

皆様の中にもご存知の方がいらっしゃるかともいますが、
「宇宿允人」先生が3月5日に
天へと旅立たれてしまわれました。
きっと今頃ベートーベン、ワーグナー、モーツァルト、
そして最後に演奏出来なかった
ショスタコビッチとお話ししている事でしょう。
「宇宿も音楽に魅せられてたか・・・」などと言われながらです。

私は2年前の秋、
友人の紹介で宇宿先生の「フロイデオーケストラ」に
ヴィオラ奏者として参加しました。
ベートーベン「交響曲1番」、
ヴィヴァルディー「ヴァイオリン協奏曲『春』」、
モーツァルト「ディヴェルティメントKV136」でした。
リハーサルの夜友人と飲み屋に行き
「先生の指揮でモーツァルトの
ディヴェルティメント138をやりたいね、
どんな音楽をさせてくれるのだろう」
と言いながら音楽の魅力に花を咲かせたのを思い出します。
この演奏会でもリハーサル中で弾くメンバーが変わったり、
緊張した空気の時や、
「お願いします、音楽をして下さい」と
先生が頭を下げることもありました。
私の席順も日に日に変化をし、
ある朝先生が車の窓を開け私に
「阿部さん、ヴィヴァルディーは弾いた事ありますか?」
と尋ね、私は
「もちろんです!」と答えると笑顔で
「弾いて下さい」と言って頂いたのを今でも忘れられません。
次の公演はベートーベン「交響曲5番」、
ワーグナー「タンホイザー序曲」、
それからチャイコフスキー「白鳥の湖」でした。
この時は一番前で弾かせて頂きました。
首席の方と息を合わせながら、
先生のタクトの前で演奏をしました。
その時も何度も「ビク!」とする事がありましたが、
リハーサルの合間の休憩でお会いすると
「阿部さん・・・」とお部屋に招いて下さり
お話をする事もしばしばでした。
そんな時の先生の話は決まって
「どうやって皆にわかってもらえば良いのだろうか」
という話でした。
そして最後の演奏の機会はモーツァルト「交響曲38番」、
「歌劇『魔笛』序曲」、
そしてベートーベン「交響曲6番」でした。
この時は私の日程が合わず、
本番前日のリハーサル、そして本番のみでの参加で、
しかもヴァイオリンでの参加でした。
私は再三お断りをしていましたが、
本番間近の時に事務局の方より
「先生が、やはり弾いて下さい、
ヴァイオリンで力を貸して下さい、と仰っています」
とご連絡を頂戴したので、
演奏料を受け取らないという約束で参加させて頂きました。
そのリハーサル中に、
私はある箇所を間違えてしまいました。
そして先生の方を見て「ごめんなさい」という表情をしました。
そうしたら先生は微笑まれました。
いつもの先生なら「コラー!」と言って突進されるのでしょうが、
そのとき私には何かわかった気がしました。
以前先生のご自宅でお食事をした時にある方が
私にこう質問をしました
「阿部さんは音楽をどのように演奏されていますか?」と。
私は「楽しんでいるだけです。楽しくて仕方が無いのです」
と話すと
「そうだよね、阿部さんは本当にそうだよ。それで良いのだよ」
と先生がおっしゃいました。
だからこその微笑みでした。
私は精一杯弾いていた、だからこそでは、と思ったのです。

宇宿允人先生は音楽に真直ぐでありました。
きっと誰よりも楽しんで居られた、
だからこそそうでない人が、かわいそうで仕方が無かった。
そしてその人に気がついて欲しかった。
186回の演奏会をしながら
常に希望を持ってらしたのだと思います、
「オーケストラ全員が音楽をしてくれるであろう」と。
ただ残念だったのは最後に私が参加させて頂いたとき、
アンコールで最後まで音楽が出来なかった事。
不本意な音楽は出来ないと
先生はお思いになり演奏を止めたのです。
何が悲しいって今でも池袋の芸術劇場の上空には
あのとき演奏しきれなかった
バーバーの音譜がさまよっているからです。
それが私には残念でなりません。
我々は先生の姿勢から、音楽から何を感じ、
どう行動するかはそれぞれですが、
私は先生の大切にされていた「音楽をする」という事を心に、
これからも宇宿允人先生という存在を
大切に生かしてゆきたい、
そう強く思います。

合掌

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2011/2/26 ドレスデン

お久しぶりでございます。

皆様におかれましてはお元気でお過ごしのことと存じます。

私は只今ドレスデンで勉強、静養中でございます。

こちらに来る前にアメリカ演奏旅行がございまして、
素晴らしい演奏家、憧れの演奏家との出会いなど、
多くの素晴らしい経験をして参りました。

サンフランシスコ交響楽団弦楽合奏の指揮、
室内楽シリーズへのヴィオラ奏者としての出演、
それからレコーディングなどを
2週間にわたり行って参りました。

恩師との演奏会も4月21日に東京は仙川で行います。
皆様是非ともご来場下さいませ。

さて、こちらドレスデンでは友人達との夕食や、
色々な話をする機会がございますが、
そんな中で私の本当に大切に思っている子どもたちへの
「贈り物」についての会話になりました。
私は自分の姪に対してもそうなのですが、
何でも直ぐに買って与えたくなります。
それは「気に入られたい」「教育的に」など
色々と理由を付けては送ってしまいます。
あるとき親友のかなさんは、
旦那様でドイツ人のダビットさんにこういわれたそうです。
「子供にとっておもちゃは大切なものなんだよ、
 何か大切な時に心を込めて送るものだ」
といったそうなのです。
私はこの話を客観的に彼女から聞きました。
とても当たり前の事なのですが、忘れがちになる事。
感動しました。
物は送れば良いというものではなく、
私だから贈れるものを大切な時にプレゼントする、
そういう精神を忘れたくないと思いました。
私も含めて多くの人がこ
ういう考え方をお忘れではないでしょうか?
与えた方が楽、気に入られる、自分の価値が上がる、
など色々な思いが有りませんか?
私はダビットさん、かなさんから素敵なことを教えて、
思い出させてもらいました、これも私の財産です。

こちらドレスデンはまだまだ寒い日が続いています。
灰色の寒々しい外の景色とは打って変わって、
私の部屋はオレンジ色で暖かく、平和なときが流れます。
外に出ると自分の呼吸が見えます。
白く凍って。
まるで「お前は生きているのだよ」
と知らせようとするが如くにです。
呼吸がみえる。
これは正に生きている証なのです。

お知らせ

3月24日木曜日 ラリールにおいてピアノ三重奏への挑戦(チケット:2500円)

3月25日金曜日 八王子消化器科病院での演奏会

3月27日日曜日 自閉症の小柳拓人君とのアムエイオーディトリウムでの演奏会

4月3日日曜日午後3時(チケット:2000円)

阿部真也室内楽コンサート 鎌倉 比企谷妙本寺 〜花うらら 人うらら〜

等日本に帰国しましたらとにかく演奏会尽くしでございます。
皆様時間がございましたら是非ともお越し下さい。
全て違う演奏曲目ですので、楽しんで頂けるかと存じます。
チケットのご用命は私までメール、お電話いただければと存じます。

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2011/1/14 ソルフェージュ

ドイツに来てはや5年が経ちます。
その間色々なことがありました。
アメリカを離れて一年日本で過ごし、
その後ドイツに移り、ドレスデンでの研修、
ヨーロッパ各地での講習会に出かけ、
コルドバ国際指揮者コンクール入賞、
そしてパレスチナでの教授活動。
いつの間にか自分が企画していた室内楽コンサートシリーズも
14回を迎え、9回目にはアメリカでの演奏会、
10回目にはアメリカの恩師を日本に招待しての盛大なる演奏会。
昨年の年末には
私の仲間が勢揃いしてのモーツァルトレクイエム演奏会。
今年はベートーベン交響曲全曲演奏会シリーズを始めます。
無我夢中で進めて来た企画もそれから人間関係も、環境も、
私は本当に仏様に守られながら生きている、と改めて認識します。
そんな中久しぶりにレッスンを受け、
ドイツの音に触れて、
学ぶ事の大切さも感じながら毎日が過ぎてゆきます。
先日ある夕食会の色々な話の中で
多くの発見と感動が有りました。

1:なぜ音楽家になるために「ソルフェージュ」を勉強するの? 
2:指揮者に似ている楽器は?
3:目標はなぜたてる?

まずは短い答えのものから進めてゆきましょう。
2番の指揮者に似ている楽器って・・・
これはいわれてみて目からうろこだったのですが、
「オルガン」です。
全て自分で全てをコントロールするからです。
メロディーも、内声も、
通奏低音も全て自分で演奏するから、という理由です。
その時、僕は「なるほど」と思いました。
ドイツ人のオルガンに対する気持ちも垣間みた様に感じます。
ヨーロッパ人にとってオルガンというのは実に密接にあります。
ヨーロッパの子どもたちに音楽を教えるとき
良くオルガン、教会音楽を例えに使います。
指揮をしているとき、自分では音を奏でる事は出来ません。
感触として空気がなっているそんな感じが有りますが、
正にオルガンは空気を操る魔法使いの様です。
それからなぜ音楽家になるために
ソルフェージュを勉強するのでしょうか?
絶対音を身につける為とか、
音楽学を知る為、研究の為と答える方も有るでしょう。
その答えはあくまでも音を奏でる為です。
あるとき私はある一人のヴァイオリニストに出会い、
彼女は私に言いました。
「私久しぶりに子供にソルフェージュを教えるのに勉強したのよ。
そうしたら自分ってどれだけ勉強してなかったかわかったの!」
と大きく笑うのでした。
彼女は素晴らしいヴァイオリニストです。
そして素晴らしいアンサンブルをするのです。
私は耳を疑い彼女に聞きました
「あなたと演奏していると
和声(和音の特性など)だってわかっていると思っていたよ。」
そうしましたら彼女はこう答えました。
「小さな頃から家族と賛美歌を歌い、ピアノを演奏して、
そして家族で弦楽器で演奏していて、
こういう和音はこう弾きたい、こう有るべきだ、
って教わって来たし、感じるだけだったから」と。
日本やフランスのソルフェージュはとても水準が高く、
私もその教育を受けたものの一人ですが、
教育になっていたのだなと感じました。
彼女の場合生きているものなのです。
音楽に教わって来た、感じて来たのです。
だから自然であり、生きているのだと感じました。
私はこの事を指揮者としても忘れたくない素晴らしい発見でした。
最後にどうして目標を立てるのか。
「達成する為」ではなく「次ぎなる目標を立てる為」です。
まるでおわりなきドミノの様に。

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2011/1/10 2011年新春

皆様、新年あけましておめでとうございます。
本年も何卒宜しくお願い致します。
昨年中は本当に多くの支えを頂きました。
特に12月27日の演奏会では
95名の演奏者、合唱の方々に支えて頂き、
素晴らしい時間を送ることができました。
モーツァルトシリーズとして
今回は「ピアノ協奏曲23番」と「レクイエム」を取り上げました。
大曲「レクイエム」を演奏する中で、
自分がモーツァルトに引き寄せられる思いが致しました。
彼が書き終えられなかったこの「レクイエム」を
私が演奏する事で完成に近づけたい、という思いがありました。
しかしながら足下にも及ばず、
「レクイエム」への挑戦が逆に始まった、
そのように感じております。
演奏者の方々とともにステージをこなせた事は
本当に奇跡であり、必然であり、
生きる事の貴重さ、そして幸せをかみしめたときでした。
演奏者の他にプログラムノートを書いて下さった方、
プログラム、チラシをデザイン印刷して下さった方、
そして舞台裏の方々、
本当に多くの人の手をお借りして出来上がっていくさまは正に
「芸術」の何者でもありませんでした。
人だから故に出来上がっていくものでありました。
今回の演奏会で私は多くの課題とともに、
それを乗り越えていけるだけの幸せと力をモーツァルトから、
そして演奏者の皆様、手を貸して下さった方々から頂きました。
感謝しきれない程です。
当日は年の瀬でお忙しい中にもかかわらず
多くのお客様にお越し頂けました事に、
心から感謝申し上げます。
受付では不慣れな中、
お客様にはご迷惑をおかけした事も多々あったかと存じます、
これからの教訓といたしましてもご意見頂ければ幸いに存じます。
ご無礼をどうぞお許し下さいませ。
本年も一生懸命音楽と向かい合い、
皆様によりよい音楽、より心のこもったステージ、
音楽を仲間達とともに作り上げてゆければと存じます。

どうぞご支援、ご指導の程よろしくお願い致します。

2011年1月
阿部真也拝

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